
前回までのあらすじ
高校の時、進路を安全志向で選択した。
結果、簿記をやることになった。
失敗したと思った。
簿記が嫌いだった。
脳みそがオーバーヒートした。
大学三年の時、初めて税理士試験を受けた。
散々な出来だった。
それでも次の段階へ進むことにした。
平成三年だった。
税理士に華はあるか
暑い夏の盛りに税理士試験は実施される。
しかし、合否の判定は冬を待たねばならない。
合否不明のまま、とりあえずは次の科目の勉強を始める。
それが受験の王道だった。
私の心はここで揺らいだ。
諸事情あってこの道に迷い込んだが、未だに気持ちは固まっていなかった。
税理士になりたい、という強い動機は無かった。
税理士という職業に、夢も憧れも無かった。
しかし何かを志すなら、その夢や憧れという青臭い感情が必要なのだ。
それが前へ進む推進力を生むのだ。
だから私は揺れていた。
どうせ厭な勉強をしなければならないのなら、税理士より公認会計士にしようか。
税理士と公認会計士、どちらの仕事にも興味を持てそうになかったが、会計士の方がまだ華がありそうに思えた。
税理士に華は感じなかった。
地味で暗くてつまらなさそうなイメージだった。
平成三年10月のある日、会計士を目指す友人に電話をした。
三時間話した。
会計士受験がいかに大変か聞かされた。
気持ちは固まらなかった。
その翌日、心の揺れを鎮める何かを探しに、大学生協の本屋に行った。
そこで見つけた本が、方向性を決定づけた。
光明
独立心旺盛なわけでもなかった。
かといって一般企業に勤務する姿も想像できなかった。
父は家電小売店を営み、私はサラリーマン家庭というのを知らなかった。
自分で事務所を持つために税理士になるというビジョンはなかった。
長いものに巻かれても、別に良かった。
その本はよくある学生向け資格案内のシリーズだった。
『とりたい‼ 税理士 よくばり資格情報源・・・取り方&活用法』
というタイトルで、資格受験校の大栄学院の書籍だった。
税理士へのインタビューが掲載されていた。
四人中、最初の三人の税理士には全く興味を持てなかった。
四人目は、外資系事務所の税理士だった。
そんな事務所があるのを知らなかった。
ビッグ6——世界6大事務所(現ビッグ4)の一角、KPMGピートマーウィックという事務所だった。
まだ税理士法人の制度が無い時代だった。
そのような大規模な事務所に入ってみたいと思った。
華を感じた。
この仕事をやりたいと思った。
税理士という資格が、職業が、にわかに輝きを帯びて見え始めた。
そのインタビューだけを何度も繰り返し読んだ。
夢や憧れといった青臭い気持ちが、むくむくと立ちのぼった。
楽しいことを棄てきれない
税理士試験の五科目中、まだひとつも受かっていなかった。
合格のための勉強方法が確立できていなかった。
何をいつまでに、何処まで仕上げれば8月の試験で合格答案が書けるのか、知らなかった。
勉強はしつつも、ギターに熱中した。
弾き始めると寝食を忘れた。
いつまで経っても下手くそだったが、ビートルズやローリング・ストーンズ、クリーム、レッド・ツェッペリン、ザ・フー、ディープ・パープル等の曲を、自分の手で奏でられることが楽しくてしようがなかった。
連日、仲間とスタジオに入った。
楽しいことすべてを犠牲にするほどの覚悟は、まだ決まっていなかった。
そんな折、元ビートルズのジョージ・ハリスンが日本で公演を行うことになった。
秋も深まりつつあった。
私はチケットを入手した。
季節は巡り木枯らし吹く12月、ジョージはエリック・クラプトンとともに来日した。
コンサートは合格発表の三日前だった。
(続く)
跋語
『枯木灘』/中上健次/河出文庫/令和8年4月28日(火)読了
