
前回までのあらすじ
高校の時、安全志向で進路を選択した。
結果、簿記をやることになった。
やってみて、すぐ嫌いになった。
脳みそがオーバーヒートした。
大学三年の時、初めて税理士試験を受けた。
散々な出来だったが、受かるつもりでいた。
冬になり、合格発表間近となった。
平成三年のことだった。
合格発表三日前
合否の通知が届くのはいつか?
発表当日に届くのは合格者だけで、不合格者に届くのは翌日以降らしい。
いよいよ翌日が合格発表という日、東京っ子のF原君に、そう教えられた。
飲み会の席だった。
自分を含めて8人居た。
合格発表は12月下旬だった。
合否によっては、TACで受講科目の変更をしなければならなかった。
それまではカリキュラムに余裕があった。
12月、元ビートルズのジョージ・ハリスンが、エリック・クラプトンと共に来日した。
東京ドームで数回公演した。
会場はTAC水道橋校から程近かった。
土曜日の昼の講義が終わり、夕方水道橋駅に行くと、人だかりができていた。
東京ドームに向かう観客だった。
すぐそこにジョージとクラプトンがいると思うと、興奮した。
私は翌週火曜のチケットを持っていた。
公演の最終日だった。
ジョージ・ハリスンが来日したのは結局二回だけとなった。
一回目はビートルズとして、1966年に。
私が生まれる四年前だった。
二回目が1991年の今回だった。
来日のちょうど10年後、ジョージは他界してしまった。
このチャンスを逃していたら、ジョージは見られなかった。
席は正面から見てほぼ左端の、上の方だった。
ステージは遙か遠かった。
周りの観客はほとんど座って聴いていた。
隣の若者が、ずっと立ち上がって狂ったように喚き踊っていた。
酒に酔っているのか、合法あるいは非合法な何かを摂取していたのか。
それともしらふなのかわからなかったが、
「ジョージ最高ですよねッ!!」
と大声で、嬉しそうに我々に話しかけてきた。
苦笑いでそれに応えた。
そしてコンサートの二日後、大学の友人らと飲み会があった。
合格発表の前日だった。
合格発表前日
TACの授業を終え、K線M園駅の養老の瀧に着いた。
七人の飲み会に遅れて加わった。
かつてTACで一緒だったF原君もいた。
お互い、明日の合格発表を控えていた。
F原君は謂った。
「合格者にだけ早く通知が来るらしいよ」
そして、不合格者に通知が来るのは発表の翌日以降になるらしい。
私は日本古来の ”言霊” を信奉していた。
言霊とはつまり、口に出したことが現実になる力を帯びることである。
加えて、努力の量に見合わぬ過剰な期待を、私は持っていた。
F原君の口ぶりには半ばあきらめが混じっているように聞こえた。
「いや、それはないって」
と、私は何の根拠もなく、彼の発言を全力否定した。
翌日、通知は来なかった。
合格発表翌日
発表当日は昼から大学の図書館に行き、20時過ぎまで滞在した。
住処に戻れば郵便受けに通知が来ているはずだった。
しかし、通知はなかった。
少しく気持ちは翳った。
F原君の言葉が頭をよぎった。
翌日はTACの授業があり、夕刻戻った。
通知が来ていた。
慌てて破り開けた。
不合格通知だった。
F原君の謂ったとおりだった。
破ってくちゃくちゃに丸め、ゴミ箱に投げ棄てた。
どう考えても受かる実力は無かったのに、受かっているつもりでいた。
だからそれなりに落ち込んだ。
簿記の本当の苦しみが、そこから始まった。
私はこの後二年間、簿記論の試験に落ち続け、都合三回苦杯を喫することになる。
まだ、その一回目だった。
(続く)
跋語
『詩の原理』/萩原朔太郎/青空文庫POD/令和8年5月5日(火)読了
