
前回までのあらすじ
平成五年の税理士試験、簿記論に三年連続で不合格となった。
私は簿記が嫌いだ。
嫌いなのに何故税理士試験を受けるのか?
滑り込みで入学したC大学の商学部会計学科、同時に経理研究所なる機関への強制入所、私は暗い気持ちで上京した。
経理研究所を一日で辞する
「やる気、ありますか?」
「・・・・・・はい・・・・・・」
やる気は無かった。
やる気の無さを押し隠し、絞り出した声音に全く覇気がこもらぬということが、己ではっきり自覚できた。
とあるサークルの説明会でのことである。
私にやる気が無いことが、説明を聞いている段ですでに相手に洩れ伝わっていたに相違ない。
そのサークルとは、税理士資格取得を目指すお勉強サークルであった。
私は父に強制入所させられた「経理研究所」を一日で辞めていた。
否、辞めると云っても特段退学届を出す訳でもなく、ただ単に授業に行かなくなっただけのことである。
ただ一度だけ出た授業では、O簿記学校から来た若手講師が「売掛金」とはいかなるものか説明していたのを憶えている。
高校時代、怠惰でかつ劣等生だった私は、大学受験に際し直前の追い込み(だけ)に全精力を傾けた。
結句、担任のT教諭の予想を覆す戦果を挙げたが、私は燃え尽きていた。
しばらくの間、勉強など一切したくなかった。
そもそも根が怠惰なのだから。
経理研究所の授業は大学の講義が終了した夜間に行われる。
大学一年時といえば割とギチギチに授業が詰まっていて、嫌でも授業に出て多少は勉強めいたこともせねばならない。
そんな中、夜間に簿記の勉強などまっぴら御免被りたかった。
結句、一度だけ授業に顔を出した私は、それ以降行くのをやめた。
とは云い条、出資者たる父を裏切っているという罪悪感めいたものは、確とあったのである。
その罪滅ぼしとして、根が策士にできてる私は、経理研には行かないがお勉強サークルに入って勉強している、というポーズだけは取り繕っておこうと画策した。
それが最前述べたのサークル説明会でのやりとりであった。
隠れ蓑たるサークル選び
新宿から西へ延びる私鉄K線のT動物公園駅を降り、しばらく山道を登る。
頂上付近に短いトンネルがあり、そこを通り抜けて裏門から入るとC大学の構内が広がっている。
その構内に、春先は新入生を勧誘するサークルの出店が数多立ち並ぶことととなる。
しかし、裏門から出店が立ち並ぶエリアまで往く間に、ちょっとした関門があった。
学ラン姿の強面の学生がひとり、歩いてくる学生に対し少し遠めの位置から顔をのぞき込むようにして二歩三歩、ゆっくりと近寄ってくる。
応援団の勧誘であった。
春先に限らず年中勧誘に立つ団員から、顔ごと目をそらして明確に入団の意思がないことを示しつつ、そのエリアを足早に通り過ぎるというのが多くの学生の取る行動であった。
当時の私は、誰が見てもド田舎から出てきたこと明白な、おのぼりさん丸出しのクソダサい格好をしていた。
否、”ダサい”という言葉が「だって埼玉だもん」の略であるならば、その言葉すら私には当てはまらぬ。
埼玉など私から見れば洗練されたおしゃれな都会の範疇であった。
その私にダサいという形容をするなら、それは埼玉県民に伏して謝らねばなるまい。
よって、軟派なテニス&スキーサークルからの私への勧誘は一切無く、声をかけられるのは常に男声合唱団の「グリー・クラブ」のみであった(実際何度も声をかけられ、飲み会に連れて行かれた。入団はしなかったが)。
そんな中で、自らお勉強サークルのいくつかの出店に足を運んだ。
そのほとんどは公認会計士を目指すサークルであったが、唯一税理士試験に絞ったサークルを見つけ、そこでのやりとりが冒頭のような次第だったのである。
それらいくつかのサークルで話を聞くと、経理研究所に入ったものの、すぐに辞めたという人が何人かいた。
「(授業料の)17万円ドブに捨てたのか?」と笑って言い合っている、との一言は私の罪悪感を相当程度緩衝せしめた。
S学会に入るが・・・
数多あるお堅そうなサークルのうち、一応伝統があるらしい”S学会”の説明会に行った。
そのサークルでは勉強もさることながら、ソフトボール大会が頻繁に行われるという。
私はときめいた。
勉強はしたくないがソフトボールは是が非でもしたい。
この魅力に惹かれて、つまり勉強よりもソフトボールがしたい気持ちを優先し、S学会に籍を置くことに決めた。
しかしそのS学会をも、私はすぐに辞めることになる。
(つづく)
跋語
◆◆此の処の日乗◆◆
令和7年1月17日(金) 自宅の便座取替作業を叔父に依頼す。部品が合わず難儀するも無事取り付け完了せり。
令和7年1月18日(土) 招飲の約に赴き、款話夜半に至る。
◆◆最近読み終えた本◆◆
吉行淳之介ベスト・エッセイ/吉行淳之介/ちくま文庫 2025/01/16読了
剣客商売一 剣客商売/池波正太郎/新潮文庫 2025/01/20読了
◆◆最近の未知との遭遇◆◆
酒菜マサイチ