
前回までのあらすじ
平成三、四、五年と、三年連続で税理士簿記論の試験に落ちた。
大学一年で始めた簿記はずっと嫌いで苦の種だったが、諸事象によりその苦痛と向き合う流れとなる。
大学三年から受験専門校TACの税理士講座、超短期コースに通い始めるが、簿記の泥沼に嵌まり始めていた。
「仕分け」か「仕訳」か
この稿をものしている少し前の日本経済新聞(令和7年12月3日夕刊)の記事である。
とある会計ソフトベンダーの開発した、AIによる確定申告支援サービスを紹介する内容だ。
記事に拠れば、
「経費の領収書を自動で仕分ける〜」
「費用の仕分けを自動化する」
「会議費や通信費などの費目に仕分け、〜」
さらに
「通常の確定申告の仕分け入力と比べて〜」
などとある。
簿記を修めた者であればこの記事に違和感を抱くに相違ない。
なぜなら、簿記においては「仕訳(仕分けではなく)」が命だからである。
釣りはヘラブナに始まりヘラブナに終わると云うが、簿記の学習は仕訳に始まり仕訳に終わる(と、曩時どこかで聞いた)。
この記事における「仕分け」はあえて「仕分け」と云う字を当てているのだろうか?
「仕訳」と明確に区別して「仕分け」と書いているのだろうか。
最初の一文だが、「経費の領収書」を、例えば手でより分けることを「仕分け」ると表現し、それが自動化されましたよ、つまり領収書のより分けが自動化されたよという意味で書いているなら、それには口を挟むまい。
しかし記事内においてこの用語の使い方が徐々に怪しくなっていき、最後の「仕分け入力」と云うのはこれは明らかに間違いであり、入力することを「仕分け入力」とは決して呼称せず、「仕訳入力」が正しいであろう。
新聞社の間違いはさておき、簿記における仕訳とは、現実の取引を一定のルールに則り記録することだ。
その記録の方法を論点としたのが、簿記論の学習カテゴリーのひとつ、「帳簿組織」である。
私はこれを大の苦手とした。
二重仕訳はクラウド会計ソフトでも生ずる
「帳簿組織」の重要な学習項目のひとつに「二重仕訳の排除」なる論点がある。
詳しくは説明しないが、「二重仕訳」の問題は実務上でも起こりうることであり、これを見逃すとどえらいことになる場合がある。
簿記に精通しておらず、この二重仕訳に対する警戒が皆無もしくは希薄だと、概して正確な帳簿ができあがらない。
昨今クラウド会計ソフトによるデータ連係で帳簿作成の大幅な省力化が可能となったが、このクラウド会計ソフトでも二重仕訳を自動的に完全排除してくれるわけではない。
連係データが複数あると、二重仕訳発生の危険性は増していくのである。
この二重仕訳に対して適切に対処できるようになるには、簿記論の論点、「帳簿組織」の理解が不可欠なのだ。
しかもその昔、帳簿作成はすべて手作業で、つまり紙とペンで行っていたのである。
今現在の簿記論の試験内容は知らぬが、当時は手書きの帳簿を前提とした学習内容となっていた。
そして私が試験に挑み始めた年、新たに就任した試験委員の一人が、この「帳簿組織」を専門としている学者だったのである。
私は「帳簿組織」の論点が苦手で、この試験委員と相性が悪かった。
悪夢の三年間始まる
簿記論の試験委員は三人体制である。
学者二名に実務家が一名という人員構成だ。
TACの提唱する時間配分は、
第一問(出題者:学者A)30分
第二問(出題者:学者B)30分
第三問(出題者:実務家)60分
であったと記憶している(以前書いたように、この時間で解ききれる分量ではない)。
また、試験委員の任期は三年で、順番に一人ずつ交替していく。
帳簿組織を専門とするO教授の任期である三年間、私はこの試験に落ち続けることとなった。
元々好きではない簿記が、どんどん嫌いになっていった。
(続く)
跋語
『西村賢太殺人事件』/小林麻衣子/飛鳥新社/令和7年12月10日(水)読了
