複式簿記断腸録〈其の廿弐ー22ー〉試験直前、今はまだ魂が叫ばず

前回までのあらすじ

平成三、四、五年と、三年連続で税理士簿記論の試験に落ちた。

大学一年で始めた簿記はずっと嫌いで苦の種だったが、諸事象によりその苦痛と向き合う流れとなる。

大学三年になって通い始めたTAC税理士超短期コースの最終講義が終わり、本番を待つばかりとなった。

四十男の魂の叫び

当該続き物の仔細なるテクストは、大学当時に誌したる我が日乗に依拠する。

それを今、読み返しては歯がゆい思いに駆られている。
なぜと云えば、合格するために必要な努力の量を、今となっては知ってしまっているためである。

私が税理士試験をコンプリイトしたのは、結句四十一歳の年であった。
当時はいよいよ人生が追い詰められ、断崖絶壁に立たされたような受験生活を数年間続けていた。
合格しなければ人生終わり・・・・・・と云うほどの強固なモチベイシヨンで受験に立ち向かってい、試験に対する執念は学生時代の比ではなかった。
合格するのだという魂の叫びが、常に脳中にこだましていたものである。


例えば平成二十二年(西暦2010年)、四十を目前に控えた夏の、試験直前の過ごし方はこうだ。

平日は約四〜五時間の勉強、
昼休みは早々に弁当をかき込み、理論暗唱に三十分を充てる。
週二回の大原簿記学校にて18:30〜21:30までの講義を受講。
講義がない日は居室にて三〜四時間机に向かう。

休日は六〜七時間を勉強に充てる。


当時は精神的にも追い込まれていた。
受験生という立場から一刻も早く脱したい、そればかりを考えていた。


今はまだ、魂は叫ばず

井沢元彦氏の『逆説の日本史』シリーズを好んで読んでいる。

週刊ポスト誌に連載が始まったのは私がまだ二十代、即ち1990年代であり、手許に文庫本の第一巻『古代黎明編』の1998年初版第一刷がある。

読了してもう二十年以上を経たが、強く印象に残っている言葉がある。
それが「あたり前のことは記録されない」というものである。
その時代において「誰もが知っていること」は記録に残す必要性がなく、「特殊」なことだけが記録に残る。
よって史料絶対主義の歴史学者がその時代の「あたり前」を見逃し、歪んだ解釈に陥る危険性があると危惧する内容であった。

このことをもっと身近に置き換えてみるに、例えば個人の日記にもあたり前と考えられているようなことはわざわざ書かないであろう。

平成三年の試験直前期の日記もそうで、勉強していた事実はあまり詳細に書かれていない。
それは毎日勉強するのがあたり前だったからだ(実際に勉強しているか否かは別として)。
「今日も簿記の勉強をした」と日記に書いてもつまらないから書いていない。
だから書いてあるのは
・大相撲名古屋場所で誰が勝った
・NHK教育テレビにヒッピー風の数学講師(秋山仁氏)が出演していて釘付けになる
・『ごっつええ感じパートⅢ』(特番)を見て笑った
・プロ野球オールスターどっちが勝った
・週刊ヤングサンデーにribbon(アイドル)が載っていた
・サンクス(コンビニ)のレジのお姉さんが下を向いたときに胸の谷間が見えて幸せだった
・F1ドライバーの中嶋悟が引退表明した
・スター水泳大会を視た、ribbonはええのう
・『なるほどザワールド』にデーモン小暮がレポーターで出演していた
・父から電話があった
・高校のS先生の投稿が新聞の投稿欄に採用されていた
・間寛平がひげを伸ばしていたのは映画出演のためだった

・・・・・・などTVの感想を始め他愛もない日常の些事ではあるが、あたり前とも云えぬ内容のものが中心で、勉強についてはたまに「毎日簿記をやっている」と書かれている程度である。

そうは云い条、何をどう勉強していたのか全く記憶になく、本当にしていたのか、否していたのであろうがどの程度の熱の入れようで、どのくらい正しい方法で勉強していたのかは不明なのだ。

TVの見過ぎであることは紛れもなく否めない事実ではあるが・・・・・・。

ざっと読み返して、やはり四十代ほどの切羽詰まった様子はなく、二十歳の自分の魂は未だ叫ぶことを知らず、と云わざるを得ない。

いよいよ初めての試験を迎える

そんな調子で試験直前二週間を過ごし、試験前日には会場の早稲田大学までの道程を確認すべく、現地まで赴いた。

そしていよいよ平成三年七月三十一日水曜、午前九時より、初めての税理士簿記論受験に臨むこととなった。





(続く)



跋語

◆◆最近読み終えた本(ブクログに記録中)◆◆

『リヴィエラを撃て 上』/高村薫/新潮文庫/令和8年1月12日(月)読了

『アイデン&ティティ』/みうらじゅん/角川文庫(漫画)/令和8年1月21日(水)、二十余年ぶりの再読、妙に心に刺さり目頭を熱くする

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