
前回までのあらすじ
平成五年、税理士試験の簿記論について三年連続で不合格の通知を受け取った。
簿記を始めた大学一年の平成元年春、そもそも最初から好きになれない。
生活環境も変わり戸惑いつつ、一年の秋に日商三級、二年の春に二級を取得。
大学三年になり、いよいよ税理士試験に挑む段取りとなった。
受験資格を得る
平成三年、私は大学三年生に進級した。
文系の学部の場合、大学四年間のうち一、二年次までは授業が多いのだが、三年次からは割合時間が空き、融通が利くようになる。
この空いた時間を利用し、大学在学中に税理士試験をすべてパスしてしまおうと云う、今にして思えば甘な目論見を私は抱いていた。
大学二年次までで一般教育科目をすべて履修し終えれば、それが税理士試験の受験資格となる。
つまり、大学三年から税理士試験を受験できるのである。
受験資格を得、かつ時間に余裕のできる大学三年時からの受験開始は一見理にかなっているように思える。
しかし、ここに問題がひとつあった。
不都合な試験時期
すなわち、大学進級の区切りは三月、四月であるのに対し、税理士試験の区切りは八月、九月だということである。
税理士試験は(当時)七月末から八月頭に行われるため、大原やTACなどの受験校のカリキュラムも通常は九月に開始されている。
一部の科目を除いて学習期間は九月から翌七月まで約一年間のカリキュラム、勉強時間としては一科目につき約千時間前後、あるいはそれ以上を確保する必要がある。
そのため、大学三年の四月から勉強を開始しても遅いのである。
それならば大学二年の九月もしくは一月から勉強を始めれば良いのだが、大学二年までの密に詰まった大学の講義の傍ら、更に資格取得の勉強をするなど、ぬるま湯生活に慣れきった大学生には務まらぬ話であることは自明であった。
一科目のボリュームから云えば、一度の試験で五科目を受験するのは至難の業であるから、これを数年に分けて二、三科目ずつ学習を進めていくのがセオリーである。
そうなると、大学三、四年次に二、三科目ずつ合格できれば五科目合格者として社会人となることができ、これほど望ましいことはない。
だから大学三年の四月からの学習開始が遅いからと云って、これを九月へ先延ばししてしまうと、四年次の試験しか受けられなくなり、その後は就職浪人して受験に専念、もしくは社会人受験生の道をたどることとなる。
ここはスマートに在学中の五科目制覇を目指したいのが人情である。
地獄のコース開講す
そんな悩みに対応した、常識を打ち破る、今考えても無茶苦茶なカリキュラムが、当時(平成三年)のTACに登場した。
四月下旬から学習を開始し、僅か三ヶ月ほどで夏の本試験に間に合わせるという超速修コースが爆誕し、簿記論と財務諸表論という二科目について開講された。
私はこれに飛びついた。
根が怠惰でコツコツ続けることができず、これまで常に一時の集中力のみでその場をしのいできたという自負のある私は、今回も「俺ならできる」という根拠薄弱な思い込みのため、それが如何に無謀な、地獄の道であるかつゆ想像を巡らせることなく、このような賭けに出てしまったのである。
朝九時から四時まで、三時間×二コマの授業が、簿記論については月水木、財務諸表論については火金に行われる。
向こう見ずにも私は両方の科目について申し込みをした。
もちろんその間の大学の授業は全休(サボり)である。
これにて平成三年四月二十四日の開講日より、月曜から金曜までの週五日間、朝九時から四時まで水道橋の校舎に缶詰となる生活が、七月下旬まで予定された。
それまでしばしば昼夜逆転の生活を送り、寝坊して大学の一限目の講義はサボったりしていたこの私が、いきなりそんなハードなコースに入って従いて行けるのか。
ファーウエストの東京都F市から、朝の混雑した電車に乗って毎朝九時に水道橋の校舎まで通い続ける気力が持続するのか。
また、授業が終われば一日が終わりではない。
自宅でみっちりと復習せねばならない。
すべてを軽く考えていた私のしくじりがここに始まった。
(続く)
跋語
『女のいる自画像』/川崎長太郎/小学館/令和7年8月9日(土)読了
『ザ・ディベート』/茂木秀昭/ちくま新書/令和7年8月9日(土)読了
『恋文の技術』/森見登美彦/ポプラ文庫/令和7年8月9日(土)読了
