
前回までのあらすじ
平成五年、三年連続で税理士簿記論の試験に落ちた。
簿記を始めた大学一年の平成元年春、出鼻からつまずいた。
生活環境も変わり戸惑いつつ、一年の秋に日商三級、二年の春に二級を取得。
大学三年になりいよいよ受験専門校TACの税理士講座、超短期コースに通うことになった。
B谷講師
税理士試験の合格点は”一応”、60点ということになっている。
” 一応 ” というのは、配点が非公表であり、試験委員の恣意性が強く入るためである。
そのうえで、超短期コース簿記論講座の担当講師であるB谷先生が云うにはこうであった。
「本試験の合格点は30点台、去年の試験は時間半分ぐらいで多くの人があきらめて退室した。しかし、基本さえできていて、あきらめなければ合格点は取れる」
つまり、量、質ともに受験生が解ききれぬほどの問題が出題され、受験専門校の採点基準で30点以上取れれば合格圏内、ということである(勿論満点は100点である)。
さて受験専門校において、どの講師を選択するかというのは重要な課題である。
講師選びが合否に影響を及ぼしてしまう可能性があるのだ。
講師側の熟練度もさることながら、相性の良し悪しもあるためである。
この後税理士受験を貫徹するまで、私は何人もの講師の方に遭遇することになるのだが、B谷講師は私の中ではかなり上位にランキングされている。
三十歳前後ぐらいでひげがよく似合い、言語明瞭、説明は歯切れ良く、情熱的で引き込まれるような講義であったと記憶している。
丁度平成三年の大相撲五月場所にて横綱千代の富士が引退を決めた折、私は講義の確認ミニテストが全く解けず、苦し紛れに「千代の富士万歳」と解答用紙に記入して提出した処、そこに3点を配点してくれるという、諧謔をも理解する懐深い先生であった。
私は初めての税理士講座で、そのような素晴らしい講師の方に巡り会うことができた、のだが・・・・・・。
税理士試験の実態
税理士試験の困難さとは一体何を指すのだろうか?
簿記や税法は頭が良くなければマスターできないのか?
否、私が思うに、もっと別なところに困難の要因がある。
試験の主立った特徴はこうだ。
・すべて記述式
・筆記具はボールペン等、インクの使用を義務づけ(鉛筆は不可、訂正する時は二重線を引き、上に書き直す)
・問題によっては解答用紙がほぼ白地(これを埋めるのは至難だ)
・一科目につき試験時間は二時間
・二時間ではとても解ききれない分量の出題
・受験校による対策の裏をかいた難問奇問
・試験委員は一科目につき二人もしくは三人で、一人につき大問を一題出題する(簿記論は三人——学者二人、実務家一人)
・出題した試験委員自らが採点を行う(よって試験は8月に行われるにもかかわらず、合格発表は四ヵ月以上先の12月)
・平成の当時は会場に一切エアコンなし(試験は真夏に行われるにも拘わらず)。
とにかく問題が大量であるため、手が止まったら終わりである。
「えーっとこの問題、考えたらわかるのだが・・・・・・」ではいけない。
じっくり考えたら解ける、では通用しないのだ。
電光石火で解法を導き出し、それを手がちぎれ、腕の筋肉が裂けるほどの速さで解答欄に表現する必要がある。
そして、考えなければわからない問題は潔く飛ばすか後回し。
考えてもわからない問題は勿論飛ばす。
わからない問題に拘って、それ以後の解ける問題を取りこぼしてしまうと合格点に到達できない。
解答できるところをとにかく埋めていく作業が必要なのである。
重要なのはフィジカルなのだ。
解法をフィジカルまで落とし込む、つまり大脳新皮質ではなく、小脳のレベルまで自動化しなければ合格答案を作成できないのである。
税理士試験の受験勉強とはとにかく、頭で覚えたものを自動化する作業なのだ。
そのためには厭と云うほど反復訓練をしなければならない。
だから合格レベルに達するまでに膨大な時間を必要とするのである。
速く解答せねばならぬと云う焦り
そこまで熟練するにはやはり、時間が圧倒的に足りなかった。
加えて、大学三年まで超夜型の生活に浸りきっていた身である。
朝から一日授業を受けて居室に戻れば眠気との闘いであった。
そして何より解答のスピードが大事だという教えを重んじるあまり、ろくに解法も覚えないまま最初から速く解こうとばかり意識してしまい、一向に学力が上がらなかった。
楽器の演奏と同じなのだ。
速いフレーズを弾けるようになるには、まずゆっくり弾くことから始めねばならない。
ゆっくり確実に弾けるようになってから徐々にスピードを上げていった結果、漸くオリジナルと同じテンポで弾けるようになるのだ。
税理士試験も同様の過程を経なければならないことに、当時の私は気づいていなかった(そしてその後三年間気づくことができなかった)。
加えて云うと、速く解くためには電卓の技術も重要なのであった。
ペンを持ちながらの軽やかなブラインドタッチ。
これもまた税理士試験に必要不可欠な技術のひとつである。
私はまずここから始める必要があった。
否、それよりも前に「ちゃんとした電卓」を買わねばならなかった。
(続く)
